耳障りな音が部屋中に響いている。
目覚めたばかりの俺は、それが目覚まし時計の音だと気づくのに30秒程掛かった。
それでも鳴り続ける時計を止める事無く布団の上で上体だけ起こして呆ける事1分。
暫くしてようやく意識が目覚め始めると、枕元にある目覚まし時計を止めた。
起き上がって布団を畳むと洗面所に行き顔を洗い歯を磨く。
冷蔵庫から紙パックの牛乳を取り出しコップに注ぎ、テレビを見ながら飲む。
こうして俺はいつもと変わらぬ休日の朝を迎えた・・・が、テレビの中はいつもと違った。
いつもなら殺人や事故や災害や政治問題などの事ばかりが流れている筈のニュースは、世界が崩壊するという内容の事ばかりだった。
突然の事で実感が沸かず、慌てる事無くのんびりと牛乳を飲み干した。
どうやら、世界は後7日・・・つまり一週間後に壊れるらしい。







喫茶店『趣』。
おかしな名前の店だが、同じくらい内装もおかしかった。
店の中央付近に設置されたジュークボックスから流れるロックミュージック。
そして店の隅に置いてあるのは、何故かトーテムポール。
その他訳の分からない物で構成された、統一感の無い店だ。
ある意味異世界染みた店だが、不思議と俺は休日にはいつもここに足を運んでいる。そしてもう一つ不思議な事に、コーヒーは文句無しに美味い。
だがそれでも毎回来る度にこの内装はどうにかならないのだろうかと考えてしまう。
こんな店が俺の親父が俺くらいの歳の時から続いているというからさらに不思議なのだ。30年以上は続いているのではないだろうか。


窓の外から店内の様子を伺う。
店内に客は1人もおらずカウンターの奥でマスターがお湯を沸かしているだけだった。
入り口のドアを開けると、カランコロンという聞き慣れた鈴の音が店内に響く。
その音に気づいた店の主人はこちらへ振り向き、驚いた顔をしたと思うとそれからゆっくりと微笑んだ。
「明人君か・・・いらっしゃい」
「うっす。こんちは川原さん」
俺は適当に挨拶を返すと、川原さんの前のカウンター席に座る。川原さんとはこの喫茶店の主人の事だ。
川原さんは普段の調子で「いつものかい?」と尋ねてきたので無言で頷く。
コポポポ、と音を立て白いコーヒーカップにコーヒーが注がれ、「はいどーぞ」と言いながらそれを俺の前に置く。
短く「ども」と一言だけ言い、カップを口に運ぶ。
その時、「しかし、信じられないよなぁ」と川原さんが呟やいた。
俺は何の事かと少し考えてから、今朝見たニュースの事だと気付いた。
「あぁ、確かに実感は沸きませんよね」と返した後「俺も今朝のニュースで見たばっかですから」と付け足した。
川原さんも自分用のカップにコーヒーを注ぎ砂糖を一さじ入れると、ゆっくりとそれを飲んだ。
「だよね。僕も昨日の夜息子からの電話で知ったよ」
「てことは川原さん、電話が無かったらこの事も知らないままだったんじゃないですか?」
「確かにそうだ。うちにはテレビもラジオも無いからね」
そういうと川原さんは「ははは」と軽く笑った。笑い事じゃない気がするが敢て突っ込まなかった。
俺は最後の一口を飲み終えると、視線をカップに向けたまま溜息を吐く。
「せめてラジオくらい買いましょうよ・・・川原さん、普段何やってるんですか。店以外。」
「他の喫茶店行ったりするのが主かな。後は珍しい物を探しに骨董市に。」
川原さんはそう言うと、空になった俺のカップにおかわりを注いだ。
「へぇー」
中身がこぼれないようにゆっくりとカップを受け取りながら、俺は適当に相槌を打った。
いかにもこの人らしくて思わず笑ってしまう。
というかまだ変な物を店に置くつもりなのか、どうでもいいけど。
「・・・どうでも良さ気だね。明人君だってコーヒー好きだろ?」
俺は川原さんの問いにすぐには答えず、口の中のコーヒーを飲み込んでから、店内を見渡しながらぼんやりと答えた。
「ここで・・・この店で飲むコーヒーが好きなんだよ」
ちょっと気取ってみた。
「嬉しい事言ってくれるねぇ・・・」
川原さんにはウケたらしい。簡単な人だ。純粋とも言うのかもしれない。

それから小一時間程、話をしていた。
川原さんは俺の親父とも仲が良いので、親父に関する俺の知らない昔話なんかについても聞ける。


そして昼過ぎ、会話のネタも無くなりかけたところで店を後にした。
腹が減ったので帰り道のコンビニでおにぎりを買って、家に帰って食った。
昼食を終えると、暇になったので友人を呼んでゲームして夜まで時間を潰した。
友人が帰ってからは夕食を食べて風呂に入って、寝た。
こうして俺は、世界が壊れる事など気にせずいつもと同じ休日を過ごした。
深夜に目が覚めた時、時刻は0時10分。世界の崩壊まで、残り後6日となっていた。